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人間の顔には、いろいろな特徴があります。毛がないというのがその一つ、そしてもう一つの特徴は、顔が非常に柔らかいということです。特に口が柔らかいというのが人間の顔の特徴です。もともと口の役割は、食べ物を食べるということでした。しかも口でその食べ物をつかむことが必要ですから、顔の中でも口が一番前にないと食べられません。したがって、ほとんどの哺乳類
(注1)では口が前にとび出しています。
口にはもう一つの役割があります。相手を攻撃する道具としての口です。相手に噛みついて攻撃する。そのためにはやはり口は一番前にとび出ていて、しかも固くなければいけません。一番前にとび出ていて固い、それが普通の動物の口の特徴なのです。
ところが、人間では、直立歩行をするようになって、口の役割が変わりました。なぜなら、食べ物をつかむということは、直接口を使うのではなくて、手でできるようになったからです。食べ物を手でつかんで口のところまでもってくることによって、口は必ずしも( )。人間の口が進化
(注2)の過程でだんだん引っ込んできたのはそのためです。
さらに、直立歩行で手が自由になったために、相手への攻撃も手を使ってできるようになりました。その結果、攻撃の道具としての口の役割もだんだん失われてきました。必ずしも固い必要はない。柔らかくてもいい。こうして、口の周りがどんどん柔らかくなっていったのです。
(原島博 「演学への招待』による)
(注1) 哺乳類:子を乳で育てる動物
(注2)進化:生物が発達によって長い間に変化すること