(3)「デブデブッて言わないで。あれはあたしが一番太ってた頃の写真なの。確か 55 キロぐらいあったと思う。高校生のときは 38 キロだったから、予備校や美術学校に行っているうちに 15 キロ増えた計算になるわね。」
計算になってないのはおいといて、 ①太った原因について聞いてみよう。
「貧乏よ」
「え、貧乏すると普通はやせるんじゃないの」
「武蔵野美術大学に行ってた頃、アルバイトで居酒屋の皿洗いをしてたの。お金が無くていつもお腹を空かせて働いてた。その時思ったのは、どんなにひ もじくても(注1)客の乗り物だけは食べないようにしようってこと。残飯(注2)だけは食わねえぞってね」
結果は見えているような気がするけれど、続きを聞いてみようか。
「ところが、酔っぱらった客がツマミをたくさん注文して、それが手つかずで洗い場に戻って来やがったの」
「ふんふん、そ れで?」
「いや、食った食った。もうバクバク食べったざんす。ひとくち目は躊躇(注3)があったけど、カラアゲが食道を通り抜けた瞬間、あたしや②人間を捨てて野犬になりました。美味しくて悔しくてワケがわかんなくなって、一瞬目頭が熱くなった(注4)くらいなの。 ③それまでは残り物を見るたびに、身体が緊張してたんだけど、一気にラクになっちゃった」
なんだか犯罪者の心の葛藤(注5)を見るような感じであります。
「栄養学的には偏った食生活だったけど、とにかく食べるものがあるってのはうれしかった。これで絵の勉強に専念できるってね」
(注 1):ひもじい:非常におなかがすいている
(注 2):残飯:食べ残した料理
(注 3):躊躇:迷って決められないこと
(注 4):目頭が熱くなる:感動してなみだが出る
(注 5):葛藤:心の中に反対の感情があって、どちらにするか迷って悩むこと