危急のときこそ脳が最大の能力を発揮しないと、人は生き抜けない。
 台風が来る前、妙にワクワクした経験はないだろうか。実際には緊迫した状況なのだが、だからといって「台風が来る、どうしよう、怖い、不安だ」と縮こまっていたら、迅速な対応( 41 )できない。ワクワクするのは、脳が緊張し、集中し、突発時に備えている状態だ。脳が最も活性化している状態ともいえる。
 そう考えると、戦国時代の武士なども、ワクワクしていたのではないだろうか。合戦、寝返り、夜討ちに不意打ちが日常だった時代で、明日をも知れぬ命である。今日が終わるころには、自分は死んでいるかもしれない。絶体絶命の危機に陥っているかもしれない。ワクワクして脳が活性化している( 42 )逆境を乗り切ることも、開いに勝つこともできないのだ。
 ブレッシャーがかかればかかるほど脳が活性化して力を発揮するという図式は、オーケストラの演奏や舞台でのパフォーマンスにも通じる。私が以前、何千人も入るホールで英語の詩を朗読したときのプレッシャーは、相当のものだった。会場にぃるすべての人たちから( 43 )タイミングやフレーズを間違えれば大変な失態だ。その緊迫感、緊張感はすさまじかった。
 「だったら、そんなことをやらなければいいのに」と思われるかもしれない。しかし、そうではないのだ。緊張でヘトヘトになりながら、それでもやりとげる快感は、得がたいものである。しかも、その緊張と喜びを、大勢のスタッフ( 44 )ことができる。一度経験してしまうと、( 45 )「ハマる」という表現がしっくりくる脳の状態になるのだった。
 生きていると、プレッシャーや「しんどさ」とは無縁でいられない。人はつい苦しみから逃げようとしてしまう。だが、そこを通り過ぎなければ得られなぃものがたしかにある。逆境から逃げずに、立ち向かい、時には耐える。その先にこそ、「発火点」はある。

(戯木健一部『ひらめきの導火劇」PHP研究所による)

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