オートバイの免許を取るための教習に「一本橋」というのがある。長さ十数メートル、幅三十センチくらいの構の上を、バランスを失って踏みはずすことなく渡りきらなければならない。
まるでサーカスの綱渡りだ。( 41 )地上のはるか上にかかる橋ではなく、横にタイヤが落ちても安全な高さだから、ご安心を。
ところで、この橋を渡りきるためのコツがいくつかある。スピードを出しすぎず、かといって緩めすぎず。足元を見ない、少し前のほうを見る。あまり遠くのほうを見すぎてもダメ。体に力を入れない、リラックスして。緊張しない、心を落ち着けて。
これは「人生という橋」を安全に渡りきるコツにも通じる( 42 )ように思うのだが、どうか。
たとえば「人生は急がずあわてず、しかしながら怠けず」というのは、私のモットーでもある。つまり「スピードを出しすぎず、かといって緩めすぎず」だ。
「足元を見ない」というのは、現状を深刻に考えすぎて、悲観主義におちいらないように注意するということ。また過ぎたことをふり返って、クヨクヨ嘆かないということ。
「あまり遠くのほうを見すぎない」は、先々のことを心配するのはやめようということ。( 43 )なるさで、楽観的にものごとを見る、ということ。
しかし夢や希望を持つことは大切だ。それが( 44 )である。
「体に力を入れない」は、がんばりすぎないということ。
「リラックスして」とは、悠々と生きるということ。たしかにあわただしい世の中で気を揉むことも多いが、そこは( 45 )
汲々と気を揉むのではなく、悠々と気を揉むこともできる。
それが自分の体と心を上手にコントロールして、バランスよく生きてゆくコツのようである。急げば急ぐほど、踏みはずすことも多い。
(斎藤茂太『「感情のコントロール」「気持ちの整理」私の方法』新講社による)