金沢の兼六園での①
白鳥におどろかされたのは十年以上前のことである。
友人と三人で能登半島めぐりをやり、金沢にも立ち寄った。
このときのことは、ほかにも書いたが、兼六園の池のほとりでお弁当を食べているときに、大きな白鳥が泳ぎながら、上陸して、ガガ、グダと、品の悪い声を上げて、餌をよこせと催促する。
知らん顔をして食べていると、く嘴で私たちの膝小僧を突っく。
痛いしうるさいので、食べかけをほうってzやると、飛びつくようにして食べる。
エビの尻っぽ。お多福豆の皮。投げてやって食べないものはひとつもなかった。
その食べかたの品のないことといったらない。そう思ってみるせいか、顔つきにも品というものがない。目つきも鋭い。何よりびっくりしたことは、上半身は、たしかに美しくバレリーナの如く優雅なのだが、下半身は労働者もかくやというほど、妙にたくましいことである。
食べ終ってもキョロキョロとあたりを見廻し、ニ、三度、私たちの膝小僧を突つき、もう無いと見るや、池にもどっていった。
スーと音もなく水面を滑ってゆく姿は、まぎれもなく美しい白鳥で、私はその二重人格(?)に感心して眺めていた。
(向田邦子『女の人差し指』文藝春秋)