学生時代に
末弘(
厳太郎)先生から民法の講義をきいたとき「時効
(注1)」という制度について次のように説明されたのを覚えています。金を借りて催促されないのをいいことにして、ネコババ
(注2))をきめこむ
不心得者がトクをして、気の弱い善人の貸し手が結局損をするという結果になるのはずいぶん不人情な話のように思われるけれども、この規定の根拠には、権利の上に長くねむっている者は民法の保護に値しないという趣旨も含まれている、というお話だったのです。この説明に私はなるほどと思う・と同時に「①権利の上にねむる者」という言葉が妙に強く印象に残りました。いま考えてみると、請求する行為によって時効を中断しない限り、たんに自分は債権者であるという位置に安住していると、ついには債権
(注3)を喪失するというロジックのなかには、一民法の法理にとどまらないきわめて重大な意味がひそんでいるように思われます。
(丸山真男「日本の思想講岩波書店)
(注1)時効:一定の期間が過ぎたために、権利を失うこと
(注2)ネコババ:拾った物などをそのまま自分の物にしてしまうこと
(注3 )債権:貸したお金や財産を返してもらう権利