身近なもの、基本的なものほど語源がたどれない。木の名前で考えてみようーー
マツ 松
スギ 杉
クス 楠(中略)
マツをなぜマッと呼んだのか。それぞれ日本語としての音の由来には説明がないのだ。いつも寝ているから「寝る子」からネコになった、という類の民間語源説があるけれど、猫の属性は寝るだけではない。他を排してその点にばかり注目した理山は何か。
基本語彙の語源は本当は間うてはいけないのかもしれない。地面の高いところがヤマと呼ばれ、常に水が流れるところがカワと呼ばれることの理由を聞いてはいけない。日本語の起源に
遡って、例えばタミル語であるなどと説を立てても、それで語源が明らかになるわけではない。①
問いはただそちらへ持ち越されるだけだ。
(池澤夏樹「風神帖ーみすず書房)