中欧を巡る八日間のテレビの仕事をしたとき、気がついたことがいくつかある。その一つは、テレビ関係者が極端なまでに「視聴者の声」を気にすることだ。
番組のなかに高名な政治評論家が登場して、ハンガリーやチェコがEU (欧州連合)に加わった意味を語る場面があった。場所はウィーンのシェーンプルン宮殿の前庭。かたわらにインタビュアー役のアナウンサーがいて質問するかたち。
政治評論家はグレーの
三つ
揃い、胸にハンカチをのぞかせていた。アナウンサーは赤いフードつきの厚手のヤッケ。さっそく非難が殺到した。アナウンサーのいで立ちがだらしないというのだ。①
もっときちんとした服装を心がけろ。
この場合、政治評論家が"ヘン"なのだ。時は厳寒のさなかであって、気温が零下五度。しかも寒風の吹く屋外である。そこへカクテルバーティーのような格好で出てくるのがおかしいのだ。立ちどまっていたウィーン市民たちは、その異様さに目を丸くしていた。むろん、誰もが厚手のヤッケやオーバーを着こんでいた。
(池内紀「世の中にひとこいNTT出版)