鼻はロの上に建てられた門衛小屋のようなものである。生命の親の大事な消化器の中へ侵入しようとするものをいちいち戸口で点検し、そうして少しでも
胡散臭うい
(注1)ものは、即座に
嗅ぎつけて拒絶するのである。
人間の文化が進むにしたがって、この門衛の肝心な役目はどうかすると忘れられ
勝ちで、ただ小屋の建築の見てくれ
(注2)の美観だけカ題になるようであるが、それでもまだこの門衛の失職する心配は当分なさそうである。感官
(注3)を無視する科学者も、時には匂いで物質を識別する。
(寺田寅彦「匂いの追億」「椿の花に宇宙を見るよ夏目書房)
(注1)
胡散臭うい:なんとなく怪しい(注2)見てくれ:外見(注3)感官:感覚器官