よく新聞の記事などで、①特定の登場人物の特定の物語が出てくることがあります。たとえば難病対策の遅れを語るのに、話のまくら(注1)してその患のひとりを採り上げるとか。あるいは被災地の苦難を伝えるのに、特定の家族のキャンプ生活を探り上げるとか。また単に特定の人物が登場するだけではなく、ある程度、しょうてん(ー(けつ)(注2)まではなくても)があるのが特徴です。
 理屈を超えて、情動(注3)に直接訴えかける、読を説得するという意味で、特定人物の工ビソードを伝えるのは、どうやら定化した効果的なやり方のようです。またその効果は何も新聞記事に限らず、映像ドキュメンタリーでも、映画でも一緒のようです。
 否応(いやおう)なく説得されてしまうという意味で、工ビソードや物語というのは、情動に特化してアピールするような、よく出来た仕掛けと言えます。言うなれば、人類が発明した一種の②「装置」なのです。
 この装置が、文学やフィクションの世界で使われているうちは、③まだよかった。また報道でも、実在に基づいて誇張なく全体の真実を代表させているうちは、③まだよかったのです。ところが昨今(さっこん)では、これが政治的な世論操作にも活用されるようになっています。
 一九九七年のハリウッド映画『ワグ・ザ・ドッグ』はロバート・デ・ーロとダスティン・ホフマンの二大スターが競演した傑作でした(この変わった題名は、犬が尻尾(しっぽ)を振るのではなく、逆に大が尻尾に振られてしまうということから、本未転倒といった意味です)。ハリウッドの辣腕(らつわん)(注4)プロデューサーと大統領がグルになって戦争を演出し、捏造(ねつぞう)(注5)までしてしまうというとんでもない話。大衆操作を(めぐ)る政治状況を、フィクショナル(注6)に誇張し揶揄(やゆ)した(注7)という点で秀逸(しゅういつ)(注8)政治コメディだったのです。が、その後の現実の経過を見ていると、もはや誇張などと言っていられなくなってさました。
 戦場の孤児、片足を失った少女。イラクで人質になって生還し、一躍「戦場のヒロイン」となった女性兵士。そして戦火の中、あえてポスニアを訪問したヒラリー・クリントンなど(この最後の例はすくに壟がバレてしまいましたが)。
 米国の政権担当者は明らかに意図的に、こうしたエピソードの力を使っています。半面で、たとえばイラク国民の死者総数など、自分に擂合の悪い情報は「戦時」を言い訳に徹底的に報道管制し、その結果おおよその裄数(けたすう)の推定すらおぼっかない(注9)状況が税いています。

(下降信仙『サプリミナル・インパクトー情動と潜在認知の現代』筑摩書房)

(注1)まくら:本題を導入するために、はじめにする話
(注2)起承転結(きしょうてんけつ):文なの組み立て
(注3)情動:怒り、喜び、悲しみなど感情の急激な動き
(注4)腕:物を処理する徒力が優れていること
(注5 )造:事実でないことを事実として出すこと
(注6 )フィクシ"ョナル:本当のことではない、作り事の,メ在わ再する:冗談や皮肉を言って相をからかう(注訂秀逸な:他よりも特に優れている注9 )おぼっかない:はっきりしない。わからない

1。 (1)①特定の登場人物の特定の物語が出てくるのはなぜか。

2。 (2)②「装置」という言葉を筆者が使っているのはなぜか。

3。 (3)③まだよかったという表現の説明として最も適当なものはどれか。

4。 (4)「特定人物のエピソードを添える」という手法について第者が言いたいことは何か。