不思議なもので、食事が終わって
満腹になっていても、甘いものなら食べられることがあります。これを俗に「
別腹」と表現することがあります。例えば、「ケーキは別腹」などと言います。
実は、①
別腹は気分の間題ではありません。大阪大学の山本教授は、別設のできる仕組みを次のように説明しています。甘味は他の味に比べると最も強い快感をもたらします。甘味刺激は、脳内にβ ー エンドルフィンという
至福感(注1)や
陶酔感(注2)を引き起こす物質、ドーパミンという食欲を生じさせる物質、さはらにオレキシンという
摂食(注3)促進物質を
分泌させます
(注4)。このオレキシンには胃から小腹に内容物を送り出したり、胃を
緩めたりする作用があります。つまり、オレキシンは満腹状態の胃に新たなスペースを作ります。まさに、②
甘味刺激は別腹を作り出すのです。これは、
飢餓(注5)と
闘うために最大限のエネルギーを
摂取しようとする生物の本能ともいうべき作用なのでしょう。
さて、③
別腹という言葉がこれほど頻繁につかわれるようになったのは新しいことのようで、ほとんどの国語辞典にまだ載っていません。道浦俊彦氏の指摘によると、あまり地城差はなく一九九〇年代前半ごろから使われているそうです。いわゆる「グルメブーム」
(注6)のころで、ティラミスやバンナコッタなどのデザートが次々に世の中を
席巻した
(注7)時期と重なります。さまざまなおいしいデザートが別腹におさめられ、一気に俗語として広まったのでしよう。
バブルは過ぎても、デパ地下
(注8)のスイーツ
(注9)は小さな
贅沢として定着しました。見た目にも美しい甘味は脳内でオレキシンを
誘発して④
「もう結構です」などとはとても言えない状況に私たちを追い込むのです。
(早川文代「食べる日本新」毎日新聞社)
(注1)
至福感:非常に幸せだと感じること
(注2)
陶酔感:酔ったように非常に気持ちがよいこと
(注3)
摂食:食物をとること
(注4)
分泌する:体の中に特殊な物質をつくる
(注5)
飢餓:食べ物がなくて飢えること
(注6)グルメブーム:おいしいものを食べたり、探したりすることの流行
(注7)席巻する:激しい勢いで自分の勢力を広げる
(注8)デパ地下:デパートの地下食品売り場
(注9)スイーツ:仕いもの、葉子類