寂しい片耳
澤田瞳子
久しぶりに少し、落ち込んでいる。 お気に入りのピアスを片方、落としてしまったからだ。これが一人で行動している昼間なら、諦めがつくまで探しに戻るが、 生憎、 紛失に気付いたのは夜。 それも編集者の方々に丸一日取材にご同行いただいた末、お疲れさまと入ったであった。
ようやく一息ついてらっしゃる編集者さんたちに、(41)。 動揺を押し殺してさりげなく周りを見回し、やっぱりない、と片耳に触れるのが精いっぱい。 朝からほうぼう歩き回った後のため、探しに行くのはどう考えても不可能で、そのまますごすごと家に引き上げた。
親しいお店で作っていただいたピアスなので、 片方だけ発注する
(注1)のは難しくない。 (42)自分でも珍しいほど落ち込んだのは、 それが三、四年ぶりの落とし物だったからだ。
ピアスホールを開けて間がない二十代の頃は、着用に慣れていなかったため、二、三か月に一度は必ずピアスを落とした。 三十代からは徐々にそれが間遠になり、 この数年はとんと失敗をしていない。
最初から自分の迂闊さを(43)、 何を落とそうともがっかりはしない。 もはやそんなことはあるま いと高を括っていた
(注2)だけに、傲慢な自分がなおさら情けなくなる。 顧みれば逆上がりも九九も苦手だった子供の頃は、 「できないこと」 をたくさん抱えているのが当然で、 どんなミスをしても平気だった。 大人になればなるほど、 失敗が怖く、 人の眼が気になってきたのは、知らず知らず のうちに自分が「できる」 人間と考えるに至ったからかもしれない。
だがそもそも、年を重ねたから失敗をしないというのは、幻想だ。 ピアス(44)、 最近たまたま落とさない日々が続いていただけで、明日からは毎日紛失を重ねるかもしれない。 いや、自分のうっかりエ合
(注3)を考えれば、むしろその方が自然だと自分に言い聞かせながら、私はまだピアスの消えた片耳を撫で続けている。
(注1) 発注する: 注文する
(注2) 高を括っていた: 油断していた
(注3)工合:具合