以下は、新聞のコラムである。

プリプリ海老


 昔に比べてレストランのメニューに修飾語が増えたと感じる。「プリプリ海老の00パスタ」「とろ~りチーズ入りのハンバーグ」「XX 県産のやわらか若鶏の△△」といった感じだ。付加価値や希少価値をアピールして、商品の差別化を図りたいのだろう。
 これらの修飾語は(41)食欲を刺激し期待感を高める。でもよくよく考えると、差別化の中身は実にあいまいだ。プリプリ海老の定義は?チーズはみな、とろ~りするのでは?XX県産が品質保証になるのか?
 実質的な中身を伴った新商品の開発が困難になっていく高度消費社会では、見せかけの新しさで消費を刺激しようとする傾向が強まる。商品のパッケージを新しくしたり、商品名の変更が頻繁に行われたりするのも(42)消費社会とは、商品の差別化戦略によって中身の空虚な(注1)ネーミング(注2)が氾濫し、消費者がそれに踊らされる世界ではないのか。そのような社会は、私たちの言語感覚(43)変えてしまう可能性がある。商品の差別化競争に終わりがないなら、修飾語こそが肝要になる。つまり、修飾語を伴った呼称がデフォルト(注3)となり、裸の名詞が空虚に感じられるようになるかもしれない。
 何十年かすれば、生物としての海老という記号は空洞化して、おいしそうな食材としての修飾語が不 可欠な要素となり、「海老」は「プリプリ海老」、「海老のチリソース」は「プリプリ海老のチリソース」と呼ばれているのだろうか。
 私たちは、増殖する見せかけの新しさに囲まれながら、 空虚な記号と戯れ続ける(注4)しかないのか?メニューに並ぶ修飾語は、消費社会の遠い未来からの(44)。
(注1) 空虚な: 実質的な意味がない
(注2) ネーミング: 名前を付けること
(注3) デフォルト: 標準
(注4) 戯れ続ける: ここでは、付き合い続ける

1。 (41)

2。 (42)

3。 (43)

4。 (44)