大きな感動をあたえてくれた場所には、またいきたくなる。できれば、その場所にいつまでも居つづけたい。そう思うのは、人の自然な感情だ。
 宇宙飛行士の毛利衛まもるさんにとっては、「宇宙」が、その場所だった。
 スペース・シャトルでの初めての宇宙飛行から帰還してからは、しばらくは講演活動やマネージメントの仕事をしていたらしいが、そんな生活が、物足りなくてしょうがない。ひとつの夢を果たし終えて、自分の人生まで終わってしまったように思えてくる。「もう一度、宇宙へいきたい」という気持ちがわいてくるのも自然な感情だろう。
 張り詰めた緊張感のある生活を、もう一度送りたい。宇宙から地球を見たときの、その感動を、もう一度味わいたい・・・・・・。
 二度目の宇宙飛行への挑戦(注1)を決心したとき、毛利さんはすでに四十八歳になっていた。すでに若くはない人間にとってはつらい訓練でもあったが、どうにか(注2)乗り越えて、ふたたび宇宙へ旅立った。
 毛利さんばかりではないように思う。プロ野球選手は、いつまでもグラウンドに立ちつづけたいと思うだろうし、サラリーマンは定年になっても、職場から離れがたく思うものだろう。その場所を去らなければならない「とき」がやってくる。毛利さんも、じつはそのことは、二度目の訓練を受けているときから薄々(注3)感じていた。体力も反射神経(注4)も、もう若い人にはかなわない(注5)
 宇宙ちゅう飛行は、希望すればだれでもいけるというものではない。スペース・シャトルには「定員」があるし、選ばれなければ宇宙へはいけない。
 「三度目」はないかもしれない。後ろ髪を引かれる(注6)ような寂しさはあるが、しかし、いまの毛利さんには、「なにがなんでも(注7)、もう一度」という強いこだわりはないのだという。
 それは、新しい「生きがい」を見つけることができたからだそうだ。自分には経験がある。知識もある。いつまでも若い人と競うのではなく、自分が得てきたものを若い人たちに伝えてゆく「喜び」もあるのではないか。
 自分の夢を追い求める人生から、次の世代の人たちの夢の応援する人生へ。たしかに、そのような発想の転換ができれば、新しい「生きがい」を見つけるのも早そうだ。
 次の世代に夢をつなげていくのは、「老兵」の重要な仕事なのである。
(注1)挑戦:チャレンジ
(注2)どうにか:なんとか
(注3)薄々:なんとなく
(注4)反射神経:ここでは、反応する速さ
(注5)かなわない:勝てない
(注6)後ろ髪を引かれる:ここでは、なかなか諦められない
(注7)なにがなんでも:どうしても

1。 (67)筆者によると、初めての宇宙飛行から帰ってきたあと、毛利さんはどのように感じていたか。

2。 (68)筆者によると、二度目の訓練を受けているとき、毛利さんはどのように感じていたか。

3。 (69)筆者が言いたいことは何か。