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決断力がないと、いつも誰かの指示や命令に黙って従って生きていくしかない。そんな人生は誰も望まないだろう。若いうちは人の上に立つ機会は少ないが、決断力のある人をよく観察して、「なるほど、ああいうふうにすればいいのか」などと参考にしたほうがいい。とにかく早くから決断するクセをつけておくことだ。
どうやって決断力を磨くか。これは難しい問題のようだが、実は簡単で、決断力とは「決断すればいい」だけのこと。要は(注1)決断の勇気があるかどうかなのである。たとえば、「行く」「行かない」「断る」など、すべてその場で決める勇気なのだ。
このことを理解するためには、逆に①なかなか決断できない人を考えてみればいい。決断しなければならない場面で決断できない人は、何を考えているのだろうか。たとえば「行く」か「行かない」かという決断をするときに、その見通しをつけたいと思っているのだ。行けばどうなるか、行かないとどうか。つまり「正しい決断をしたい」と思っているのだ。だが、この気持ちこそが決断を遅らせる最大の原因である。
(中略)
わからないことをわかろうと無理する必要はない。エイヤッと(注2)決めてしまえばそれですむ。哲学者のアミエルという人が「決心する前に、完全な見通しをつけようとする者は、決心することができない」といっている。そのとおりなのだ。決断で大切なことは、さっさと自分で「決断する」ことのみである。自分が決断しなければ、人の決断に従うことになる。人の決断に従って、結果が悪ければ、自分ですればよかったと後悔する。あるいは人のせいにする。絶対にそんな人生を送ってはいけない。自分の人生ではないか。
A社からB社かで悩んだ②就活生(注3)がB社を選んだとする。だが、三年で退職する羽目になった(注4)すると「A社にしておけばよかった」と思うかもしれない。だが、A社を選んで同じ結果が出れば、「B社にすればよかった」と思うに決まっている。
これは、おかしくないか。どっちを選んでも後悔しているからだ。うまくいかなかった原因は決断にあったのではなく、その後の処し方(注5)が悪かったからだ。もし、うまくいっていれば、決断が正しかと思うだろうが、そうではなく、処し方がよかったのだ。こう考えてくると、決断の正体(注6)がだんだん見えてくるだろう。決断ですべてが決まるわけではない。決断した後の考え方や行動が大切。だが、決断しないことには何事も(注7)はじまらない。物事を前進させるためには決断が不可欠である。何がいけないといって、決断すべきときに決断しないのがいちばんいけない。
(注1)要は:大事なことは
(注2)エイヤッと:ここでは、思い切って
(注3)就活生:就職のための活動をする学生
(注4)~羽目になる:~という困った状況になる
(注5)処し方:ここでは、対応
(注6)正体:本当の姿
(注7)何事も:どんなことも