(1)
もの心つくかつかないかというころの子供(注1)は、まだ言葉では表現できない自分の感情や欲求を、何らかの方法で吐き出そうとする。身近に鉊筆やクレヨンなどがあれば、そこらに何かを描きなぐる(注2)のもその一つだ。注意深く見ていると、その段階ですでに、絵の好きな子は、絵らしきもの(注3)を描き始めている。そこですぐ、「あ、この子は絵が好きだ。画家にしょう」と考えるのは早すぎるが、大事なことは、「部屋がきたなくなる。そこらを汚す」といって、子供の遊びをやみくもに禁じて(注4)しまわないことだ。
(中略)
絵を学ぼうとして大学にまで来た人たちは、子供のときに両親から、絵を描くことを禁じられなかった人たちであることは確かである。画家になりたい、自分の芸術を発見したい、というところまでこぎつけた(注5)。この人々にとって、あとは自分自身の問題だ。調子よくいったときにどう考えるか、不調のときにどうがんばるか。ただ、私はやはり、彼ら自身も、教える方としても、いやな勉強を無理に続けたり押しつけたりしても、いい結果は得られないと思う。人は、いやなことをさせられれば、早くそこを通りすぎようとばかりするが、自分から喜んで、遊び心をもってやることはよく身につき、蓄積されていくものだ。
楽しく、遊び心でというのは、楽をするというのとは違う。それ自体は非常に苦しいことでも、自分を一段高いところへ進ませてくれるものだと、どこかで信じていれば、楽しくもなる。
(注1)もの心つくかつかないかというころの子供:ここでは、幼い子供
(注2)描きなぐる:乱暴に描く
(注3)絵らしきもの:絵のようなもの
(注4)やみくもに禁じる:よく考えないでやめさせる
(注5)こぎつける:到達する