首相から人気グループ、
霊能者、一般の人たちまでが、急に声をそろえて「ありがとう、ありがとう」と
連呼するようになった感がある。いったいどうしてなのだろう。そして、この現象は本人が「ありがとう」ど感謝するだけでなく、他の人にも「ありがとうと感謝すべきだ」という空気をつくっているようにも思える。(中略)
「感謝の心を持とう」とすすめる論の多くは次のように言う。日々の生活の中にちょっとした不安や心配があったとしても、とにかくこの世界に生まれたこと
自体が
奇跡なのだから、まずはそこに感謝するべきなのだ。そして、たとえ最高の人生を歩んでいなくても、とりあえず身近に家族や友人がいるなら、その人たちに「ありがとう」という気持ちを持てばよい。これ自体は、ある意味で
正論なのだが、
内実(注1)は、「たとえ幸せとは言えない状態であっても、感謝するべきなのです」というメッセージにもなってしまっている。(中略)
いくら苦しい状況でもとりあえず感謝せよ、と言われることで、本来、家族や社会あるいは時の力に対して持つべきだった疑問、行うはずだった抗議も①
口に出せず、「これも運命なんだ」と受け入れてしまう人も増えてしまうのではないだろうか。そうした「ありがとう」の押しつけは、結局のところ、苦しみを背負うのは自分ばかりという自己責任の考え方に向かうことになる。
(香山リカ「「悩み」の正体」岩断書による)
(注1)内実:内部の実情、本当のところ